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お笑いの歴史を振り返ろう前編

日本のお笑いの歴史を振り返ろう!

今日はお笑い第一世代から第三世代まで。


お笑い第一世代

第1次お笑いブームは1962年から1969年頃まで続き、
テレビの演芸番組を中心として芸人さんが活躍した。
この頃活躍した芸人がお笑い第一世代です。

<代表番組>
『笑点』『お笑いモダン亭』『夜の笑待席』
『お茶の間寄席』『お笑いタッグマッチ』『おく様寄席』

笑点は今でも続く長寿番組ですね。

<代表芸人>
立川談志
笑福亭二鶴
レツゴー三匹
横山やすし・西川きよし
夢路いとし・喜味こいし
ザ・ドリフターズ
コント55号

お笑い第2世代

1980年代前半に漫才ブームが起こり
1980年代後半に「笑っていいとも!」「オレたちひょうきん族」「お笑いスター誕生!!」がはじまる。

<代表芸人>
笑福亭鶴瓶
ツービート
明石家さんま
紳助・竜介
タモリ
ラビット関根
小堺一機
コント赤信号
とんねるず

内輪ネタは「ひょうきん族」から誕生した。当時は“楽屋落ちネタ”と呼ばれた。

とんねるずは素人時代高校生の頃からテレビに出て活躍していたので
どちらかというと、お笑い第2世代に入るらしい。
しかし冠番組、レギュラー獲得し天下をとったのは第3世代の時期になる。
とんねるずは若手の頃から、たけしタモリ志村に認められるほどの力を持っていた。


お笑い第3世代

この頃からは深夜番組を中心に、視聴者も若年層が増え、若い世代を中心に据えた笑いが主となり、テレビの深夜バラエティーが隆盛を極めていった。

<代表番組>
「みなさんのおかげでした」
「ごっつええ感じ」
「ウリナリ」
「夢で逢えたら」

<代表芸人>
ダウンタウン
ウッチャンナンチャン
ダチョウ倶楽部
130R
今田耕司
東野幸治
ホンジャマカ

今ではお笑いタレントがバラエティ番組の中で出演アイドルを面と向かって呼び捨てにする場面は珍しくはないが第2世代までは呼び捨てにできなかった(芸人は歌手の前座的な存在だったため)。

しかし、とんねるずがアイドルや歌手を呼び捨てにしたり暴言を吐いたりしたことにより
それが浸透していき芸人の地位が上がったっていった。

そして、この頃にバラエティ界で罰ゲームというのがブームになった。
何か勝負をして負けたら罰を受けるというもの。
これをバラエティで初めてやったのはお笑い第三世代のダウンタウン松本人志である。(遺書より)

ちなみに、お笑い界のビッグスターの生年月日を見るとほぼ8年間隔で生誕していることから、この8年周期にならって、1947年生まれのビートたけしを第一世代の代表、1955年生まれの明石家さんまを第二世代の代表、1963年生まれのダウンタウンを第三世代の代表となっている。

新しい波では1963年ダウンタウンの8年後はナイナイと言われているが
岡村さんは1970年生まれなので正確には8周期ではない。ただ矢部さんは1971年。

なので正確には8年周期はこうなる。
ビートたけし→さんま→ダウンタウン→ナイナイ

次回は第4世代から第6世代まで・・・


 ←クリックするとお笑いトリビアのランクがアップします。やった。

この記事へのコメント

- かずかず - 2008年11月08日 22:25:30

子供の頃は「お笑い」なんて言葉も知らず、ただ「ドリフだぁ」「ひょうきん族だぁ」と、テレビを見て笑っているだけでした。第3世代からでしょうか、(あ、ひょうきん族もですね)トークなどでプライベートの話でも笑わせてくれたり、少し身近になった気がします。

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